拙者の写真修行小屋

kobatetu.exblog.jp
ブログトップ

<   2018年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧


2018年 01月 30日

大聖堂~三重県・大王崎灯台~partⅡ







~partⅡ~








d0349418_23135848.jpg








d0349418_23141094.jpg








d0349418_23142579.jpg








d0349418_23145003.jpg








d0349418_23151764.jpg








d0349418_23153286.jpg








d0349418_23160293.jpg









d0349418_23154759.jpg









d0349418_23163181.jpg








d0349418_23164393.jpg








d0349418_23172686.jpg








d0349418_23173649.jpg








d0349418_23175073.jpg








d0349418_23180861.jpg








d0349418_23182039.jpg








d0349418_23184057.jpg








d0349418_23185174.jpg








d0349418_23190263.jpg









d0349418_23202496.jpg







d0349418_23213032.jpg








d0349418_23214559.jpg








d0349418_23215488.jpg








d0349418_23221288.jpg








d0349418_23222084.jpg





太古の海・熊野灘

その北の最果て

憧れを背にそびゆる

潮風が染めし白亜





~ 大聖堂 ~










































第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2018-01-30 21:41 | 旅行 | Comments(5)
2018年 01月 28日

大聖堂~三重県・大王崎灯台~partⅠ









三重県に、3泊4日の旅行に行ってきました

子供を鳥羽水族館や名古屋の東山動物園に接待する目的が半分と

私が心から愛し、そして憧れてやまない

熊野灘

を巡るという目的が半分、です

「熊野灘」とは、一般的に紀伊半島の東側、定義的には和歌山県の最南端・潮崎から、三重県の東端

大王崎

までの海域を言います

d0349418_21352489.jpg



熊野灘の、何が一体そんなに好きなのか、というと

まず、「クマノナダ」という勇壮・豪壮な響きが美しいことと

初代・神武天皇の東征におけるハイライト・熊野入り(「ヤタガラス」もこの辺りで登場します)を飾る

「太古の海・神の住まう海・我が国の、日本人の曙の海」

という、たまらないロマンがあるからです

ミーハーなので、それだけで、日本人のルーツに触れるような感慨に浸れてしまうのです

海無し県・信州人ならではの憧れがあることも、言うまでもありません

勢い余って、「熊野灘を歩く~海の熊野古道案内~」という激シブな本を購読してしまうくらい

とにかく猛烈に好きなのです

本来であれば、この熊野灘の北から南までの津々浦々をことごとく、何泊もかけて巡りたいのですが

そんな贅沢は叶わぬ駆け足旅行ですので、カミさんにおねだりをして

どうにか、「大王崎」にだけ立ち寄る許可を頂きました


撮影タイムリミットは1時間

相棒は、フルサイズデジイチを差し置いて、すっかり主戦機となってしまったRICOH GR

大王町のスナップ、開始







d0349418_21383446.jpg
大王町の主な産業は漁業








d0349418_21404842.jpg
街の入り口には干物屋が2軒並んでいる
特にサンマのミリン干しは絶品で
私たち夫婦は子供が生まれる前から、この街を訪れる都度、ミリン干しを宅送してもらっている
言い方を変えると、この街を訪れるのは初めてではなく
そして、何故か、毎回冬なのである










d0349418_21375899.jpg








d0349418_21450848.jpg







d0349418_21484619.jpg
今でこそ、寂びれた港町の風情だが
かつては真珠販売が盛んであったのであろう面影を、そこかしこに垣間見ることができる









d0349418_21522909.jpg








d0349418_21541254.jpg








d0349418_21543818.jpg








d0349418_22044170.jpg









d0349418_21554457.jpg








d0349418_21555374.jpg
人の気配を感じることは稀で、大海原が目の前にあるというのに、街の心象は「灰色」である
波の音さえ、静寂を深めるための伴奏のように思え
真綿に染み入る水のように
コンクリート建造物の多い街並みに吸い込まれて行く







d0349418_22050082.jpg








d0349418_22052418.jpg









d0349418_22053603.jpg








d0349418_22060643.jpg







d0349418_22062105.jpg








d0349418_22064819.jpg
なのに、

坂道に
階段に
冬の陰達のパースに
仰ぎ見た青空に滲むフレアーに
うねり続く丘に微笑みかける水平線に
波の囁きに
ふと手を置いた防波堤の、風化してゴツゴツとした手触りに
しんと静まり続けるのであろう窓辺のぬくもりに
潮風に揺れる、緩やかな五線譜の様な電線に

ときめきがとまらない








d0349418_22172019.jpg








d0349418_22173508.jpg








d0349418_22174600.jpg








d0349418_22181152.jpg








d0349418_22182000.jpg








d0349418_22183237.jpg








d0349418_22184241.jpg








d0349418_22185026.jpg








d0349418_22193042.jpg
街の外れに、遥かな熊野灘の煌めきと
道標








d0349418_22204565.jpg






~大聖堂・partⅡに続く~















































第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2018-01-28 21:44 | 旅行 | Comments(7)
2018年 01月 17日

我が家の三九郎




徳運寺の巨大三九郎(どんど焼き)記事で、若干燃え尽き気味でしたが

我が家のささやかな三九郎についても紹介してみようと思います








d0349418_21532545.jpg
我が家、と言っても、社宅暮らしですから地元行事にはなかなか参加する機会がありません

正確には、カミさんの実家・安曇野市の三九郎です









d0349418_22021953.jpg









d0349418_21551341.jpg
「繭玉」(米粉を練ったもの)つくりの光景です








d0349418_21553224.jpg








d0349418_21564301.jpg





d0349418_21574728.jpg








d0349418_21575738.jpg
ちなみにこの黒いのは、NHK教育でやってる

「ひつじのショーン」

です

クリスマスに、Ama〇onサンタが我が家に届けてくれました








d0349418_22004682.jpg








d0349418_22010218.jpg
洗い物をしていたお義母さんも参加








d0349418_22012321.jpg
熟練の技を披露?







d0349418_22014927.jpg








d0349418_22030965.jpg
作った繭玉を柳の枝に刺します







d0349418_22034085.jpg








d0349418_22035420.jpg








d0349418_22041707.jpg








d0349418_22042694.jpg








d0349418_22044856.jpg








d0349418_22045741.jpg








d0349418_22050584.jpg








d0349418_22071654.jpg
完成~♪

繭玉の樹は、三九郎の日にそなえて乾燥させます








d0349418_22051337.jpg
それにしても、GRはフルサイズだとなかなか撮らない縦構図が多くなる、不思議なカメラです










d0349418_22082020.jpg
三九郎当日

午後4時開始という御触れだったのに、10分前に着いたらもう燃えちゃってました
テンションダダ落ちの三九郎好きパパ
おまけに、正月の故郷帰りでもらってきた風邪のおかげで、発熱&すごい腹痛
内股でカメラを構えます







d0349418_22103634.jpg
この田んぼからは、日本百名山・北アルプス常念岳がよ~く見えました

山好き、こと北アルプス好きの方は「オッ!」って思うかもしれません

話が横道にそれますが、上高地を世界に知らしめた登山家で宣教師のW・ウェストンは

「松本近くから仰ぐすべての峰の中で

常念岳の優雅な三角形ほど、見るものに印象を与えるものは無い」

と称賛し、随筆・「日本百名山」の著者・深田久弥も、その著書において

「松本に数年住みながら、一向山登りに興味を持たない男だったが、

ただ、常念岳には一度登ってみたかった、と洩らした友人がいた

松本平から見た常念岳を知っている人にはその気持ちが分かるだろう

それはわが友だけではない。六十年も前にウェストンが言っている

ウェストンも、やはりその美しい金字塔に惹かれて登ったのだろう」

と記しています

国宝・松本城も、常念岳が最も美しく見える位置に建っており、昔のお殿様の風流を感じさせてくれます

私も、生まれ故郷の長野市に住んでいた頃は、常念岳の名さえ知りませんでしたが

松本暮らしをするうちに、いつしか、出勤の道程でこの山がよく見えるか見えないかで、一日の天気を占うようになっていました

安曇野と言えば日本のふるさと的なイメージを持つ方が多いと思いますが

実は、このシンボル・常念岳が無かったら、安曇野は「単なる田舎」に過ぎなかったはずです








d0349418_22255143.jpg
松本・安曇野の子供たちは、「常念岳の風が育む子供」とも言えます








d0349418_22271536.jpg








d0349418_22275430.jpg
私は異動族なので、いつかはこの安曇野を離れるのだろうけど

我が子には、「常念岳の子供」である誇りを胸に、大きくなって欲しい








d0349418_22302176.jpg








d0349418_22322296.jpg








我が家の三九郎







~未来に続く~
































































第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2018-01-17 21:46 | 家族写真 | Comments(10)
2018年 01月 10日

未来へ ~松本市徳運寺の「巨大三九郎」~










年明け前に戻るが、平成29年12月12日、地元新聞「市民タイムス」の一面を、カラー写真付きの記事が飾った

「徳運寺の巨大三九郎に幕」

「三九郎」。左義長・どんと・どんど、など、地域によって様々な呼称がある、正月の風物詩であり

長野県松本市や、その隣の安曇野市でのみ「三九郎」が通称として定着しているという

ちなみに、私の故郷の長野市では「どんど焼き」が一般的だ

「徳運寺」は松本市の東方・美ヶ原高原への入り口となる「入山辺」地区に佇む曹洞宗の寺で

毎年、厄除け縁日に併せて三九郎が行われる

市民タイムスの記事がうたうとおり、徳運寺の三九郎は高さ10メートル以上

おそらく、松本・安曇野地方では最大規模のもので

多くの三九郎が地域ごとにまちまちの日付で行われ、いつの間にか終わっていくのに対し

徳運寺のものは厄除け縁日に「火祭り」と併記して宣伝され

20年以上にわたって行われ、「知る人ぞ知る」程度以上の知名度を得て今日に至っていた

それが、平成30年の正月をもって幕を下ろす、というのだ








~平成30年1月7日・徳運寺厄除け縁日~





d0349418_22532580.jpg








d0349418_22535966.jpg








d0349418_22542365.jpg








d0349418_22545893.jpg

地元のご婦人たちによって振舞われる豚汁
勝手知ったるように集まる参拝者
これも徳運寺の正月の風物詩だ








d0349418_23023216.jpg

午後8時
三九郎を立てた入山辺の有志「二十日会」が松明をもって取り囲み、いよいよ点火となる








d0349418_23051178.jpg








d0349418_23052095.jpg

骨組みに藁とヒノキの葉を被せただけの、極めてシンプルな造りは
同じ「三九郎」を冠するものでも類を見ない異形で
巨大なお灸の様にも見える








d0349418_23084437.jpg

三九郎は12月10日に立てられたのだが
今年の冬は雨や雪が少なく乾燥していたためなのか
ヒノキの葉の油に火気が浸透する
シュー!
という音をたて、凄まじい勢いで火が回る








d0349418_23120683.jpg

点火後1分を待たずして、巨大三九郎は火焔の塊となった










d0349418_20225149.jpg

わあ!熱い!

すごい大きな炎だね!顔が焼けそう!









d0349418_20233196.jpg

人だかりの輪がしばし炎から遠ざかる
まるで、入山辺の棚田に地球の核へと通じる穴が開き、マグマが噴出しているかのようだ

見たか。これが徳運寺の三九郎だ!

ファインダーを覗きながら、何故か、得意気になってしまう








d0349418_20294571.jpg








d0349418_20291041.jpg








d0349418_20292775.jpg








d0349418_20302315.jpg








d0349418_20305976.jpg








d0349418_20310938.jpg








d0349418_20323074.jpg









d0349418_20323932.jpg








d0349418_20334185.jpg








d0349418_20335908.jpg










d0349418_20342616.jpg


火勢が弱まったタイミングで、柳などの枝に串刺した米粉の団子「繭玉」を放り込む








d0349418_20350308.jpg








d0349418_20354420.jpg









d0349418_20360275.jpg








d0349418_20362767.jpg








d0349418_20373884.jpg








d0349418_20385901.jpg









d0349418_20390115.jpg










d0349418_20382687.jpg

枝の端一杯を持って繭玉を差し伸べるが、いかんせんリーチが足りず、顔を焼くような熱風に悲鳴が上がり
たまりかねて、焼けているのかいないのか定かではないような米粉の塊を頬張る姿があった








d0349418_20384078.jpg









d0349418_20393983.jpg









d0349418_20394777.jpg









d0349418_20395683.jpg









d0349418_20401696.jpg









d0349418_20402494.jpg









d0349418_20404792.jpg








d0349418_20413056.jpg













d0349418_20420118.jpg
『今年も立派な三九郎が完成した

巨大三九郎は男のロマンとして作ってきただけに感慨深い

最後は今までの想いを込めて盛大に燃やしてやりたい』


20年以上にわたって徳運寺の巨大三九郎を立て続けてきた地元有志「二十日会」の、市民タイムスへのコメントである

会員が20余年の歳月の間に高齢化し

高所作業をするには体力的に厳しくなってきたのが

「幕」

への契機であったという










d0349418_20432936.jpg
しびれるコメントだった

記者に対し、堂々と「男のロマン」と言い放つ矜持に、胸を打たれた

もっと正直に言うなら、いくらか、涙が出た

「どこよりも大きな三九郎をつくる」

はじまりは、時の住職と彼らとの思い付きであったらしい

それがいつしか、肉体が堪えられなくなるまで追い求める、少年の夢の様な決意に変わっていった

男のロマン

初めて聞く様な、それでいて、懐かしさをこみ上げる様な言葉だと思い

そして、それを懐かしく思う自分を

悔しく思った


だが、残酷な見方をすれば、二十日会の情熱が若者に受け継がれなかったのは

彼らが見たロマンが、次世代の価値観に共有されなかったから、なのだ








d0349418_20444568.jpg
昔から、どんど焼きが好きだった

私の故郷では、どんど焼きの縁起物集めは子供の仕事だったのだが

正月休み、当日ともなれば、祖父の家からリヤカーを借り

義務で集まった同級生と共にダルマや松飾や書初めを集めてまわった

仮にこれが大人の仕事だったとしても、当時の私は、せがんででも参加したに違いない

餅を焼くことなど、どうでも良かった。餅など全く美味いとも思わなかった

ただひたすら、自分が集めた縁起物達が盛大に燃え上がり、天を焦がすのを見たかったのだ

ついでに、その炎で餅を焼く村の親子連れたちを見るのが、誇らしかった

けれども、いくら昔とは言え、そんな私は風変わり過ぎる少年であったと思うし

今こうして思い出しを試みても、恥ずかしさが全力で妨げようとしてくる

無意味なひたむきさであったのだ、忘れろ、と、心に、時代という名の蓋が閉まる









d0349418_20451044.jpg

私たちは、いつから「男のロマン」を遠い遠い絵空事のように想い

さらには、ある種怖れをなすかのように憧れまいとして、鼻で笑うようにさえなってしまったのだろう








d0349418_20452416.jpg
私たちの子供らが大きくなるころには、どれだけのロマンが

弱々しくも、しかし、燦然と輝き残っていてくれていることだろう








d0349418_20453913.jpg
私たちは、夢と希望がはばたく世界への可能性のために

何をして、残してゆくことが出来るのだろう








d0349418_20455983.jpg








未来へ







~ 完 ~


















第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2018-01-10 12:40 | 風土 | Comments(7)
2018年 01月 05日

2018年・正月










d0349418_21100567.jpg








d0349418_21103371.jpg








d0349418_21104388.jpg








d0349418_21105228.jpg








d0349418_21110298.jpg








d0349418_21111139.jpg








d0349418_21112238.jpg








d0349418_21113915.jpg








d0349418_21115435.jpg








d0349418_21120646.jpg








d0349418_21121956.jpg








d0349418_21122861.jpg








d0349418_21123614.jpg








d0349418_21124527.jpg








d0349418_21131422.jpg








d0349418_21132390.jpg








d0349418_21133326.jpg








d0349418_21134297.jpg








d0349418_21141608.jpg








d0349418_21142420.jpg








d0349418_21163874.jpg








d0349418_21143416.jpg








d0349418_21145009.jpg








d0349418_21172380.jpg








d0349418_21171064.jpg








d0349418_21174503.jpg








素晴らしい一年の始まりに、RICOH・GR

遠くへ行ったりとか特別なことがあったわけじゃないけど、いい正月だったと思います



皆さま、あけましておめでとうございます

昨年は私のまだまだ拙いブログに足をお運び頂き、ありがとうございました

今年も、皆さまに良い写真をご覧いただけるように、頑張ります

よろしくお願いいたします















by kobatetuapril | 2018-01-05 21:23 | 家族写真 | Comments(7)