拙者の写真修行小屋

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カテゴリ:風土( 32 )


2019年 02月 09日

摂氏36度・Exhibition ~上田市別所温泉「岳の幟」~




岳の幟



Exhibition




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写題 『摂氏36度』

記事タイトル「摂氏36度」は、単純に暑さを直喩したものでもあるが
実は本来、この写真のために付したものである

今や骨董品となりつつあるEos5DmarkⅢのオートフォーカスと
残念ながら「Lレンズの面汚し」的な評価が定着してしまっている高倍率ズームEF70-300mm F4.5-5.6L IS USM
これまで私のスナップ・祭り撮影の大半を担ってきたゴールデン・コンビ
その歴戦の老兵のような二機が、明滅するファインダーの中で、決定的な何かを捉えた気がした
居ても立ってもいられなくなり、祭りの余韻を背に急ぎ車に戻り
エアコンを最大まで効かせた車内で、その何かを探した

真夏のギラつく光線
その熱を、瞬間、沈黙させるような
透き通る眼差

映し出したモニターから、目を離すことが出来なかった

瞳に宿す力の比類なき素質のモデルと、今私が持てる技術の総和が、最高潮に達した1枚だと思っている
この写真を撮ってしばらくは、感動の一方で
私の今後のカメラマン人生で、こんな瞬間に出会うことは、きっと、もう二度と無いだろう、という絶望すら感じた程だった





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後日談がある

何度も写真を見、何日も思い悩んだ結果
『摂氏36度』を全紙に引き伸ばしプリントして
晩夏、再び別所温泉に赴いた
やや呆れ気味のカミさんと共に観光案内所の門をたたき
写真を、この女の子に届けてほしい、と、不躾なお願いをした
案内所の女性職員は快く引き受けてくださった
写真には、撮影の感動と、連絡先の一切を記した手紙を、願いを込めて、添えた

それからは、仕事から帰宅する都度、胸を高鳴らせながら郵便受けのアルミ蓋を開ける日々が続いた

期待した音沙汰は・・・訪れなかった

社宅暮らしに戸建てを勧める住宅メーカーのチラシ、ピザ屋の広告
それらを、溜息とともにゴミ箱に放り込む
その忌々しい所作も日常化すると、期待は、精神的防衛本能の成せる業なのだろう、やがて、薄れていった
時々ふと思い出すこともあったが
所詮、厚かまし過ぎる贈りものであったのだ、きっと、届いているだけでも良いではないか
そう思うことにした


晩秋
オートバイでの通勤もいよいよ厳しさを感じる季節になっていた
一向に、何ら表情を変じることが無い郵便受けには、白鳥の初飛来を報じる地元新聞が投じられ
もうじき白鳥の撮影に全精力を傾注する日々が来るな、などと考えていた

「ただいま」と家に入る。頬杖をつきながら教育テレビに見入る子供が、「おかえり」と返事する
夕食調理中の室温が、バイクで冷えた体をやわらかく温めてくれた

スマートフォンのバイブレーターが鳴動した
見覚えの無い電話番号に警戒しながら応じる

「あの・・・上田市の・・・」

女性の声。そのフレーズだけで、瞬時全てを悟った
体中に電撃が駆け巡る。本当に、そんなことがあるのだ

女の子のお母さんからの電話だった

女の子は、地元別所温泉から少し離れた小学校らしく、所在を知る人がほとんどいなかったらしい
『摂氏36度』は、観光案内所に手渡された後、祭り関係者や、ささら踊りの子供らの家庭を、難破船の様にして巡り
実に4カ月もの月日を経て、女の子の家に届いたのだという
一介の素人カメラマンの厚かましい願いは、しかし拙くも情熱の結晶は
心細く漂いながらも、写真を託された誰一人もが諦めることなく、見捨てることもなく、バトンを繋いでゆき
ついに、あの素晴らしい眼差しの女の子の手元へとたどり着いたのだ

震えるほどの感謝の気持ちに包まれた
私のあの写真が、果たしてその感謝に応えるだけの価値があっただろうか、心配になるが
カメラマンをしていて、こんなに嬉しいと感じたことを、他に知らない
多分、この先も知ることが無いような気がする


別所温泉地区の皆さま、本当に、本当に、ありがとうございました
鮮やかな花笠と、その漏れ日に眩しそうに目を細める子供達の表情は
暑さの権化のような三頭獅子達の渾身は
雲一つない青空に、太陽の光芒を纏ってはためいていた幟は
流せども流せども吹き出る汗でファインダーを滲ませつつも皆さんの輝きを追いかけたあの日は

平成最後の夏は

私にとって、生涯忘れられない季節になりました






岳の幟
~ 摂氏36度 ~













by kobatetuapril | 2019-02-09 09:37 | 風土 | Comments(2)
2019年 02月 06日

摂氏36度・終章~上田市別所温泉「岳の幟」~






摂氏36度



終章




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時に、その過酷さを心底疎まれながらも

ようこそ

そして、さらば

そう語りかけたくなる季節は

やはり

夏をおいて他には無い



~ 摂氏36度 ~


終幕





次回、エキシビジョン

そこで投稿する写真が、私の、昨年のベストショットだと思っている



























by kobatetuapril | 2019-02-06 20:47 | 風土 | Comments(4)
2019年 02月 04日

摂氏36度・Ⅲ~上田市別所温泉「岳の幟」~






摂氏36度・Ⅲ




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最初に大事なことを言い忘れていた

「岳の幟」は、獅子舞と少女らのささら踊りを、5ヵ所にわたって行う
つまり、シャッターチャンスが5セットある、ということである
しかし、この猛暑は、特にカメラマンという年配層の多い人種には堪えるらしく
3回目の踊りの頃には私を含めもう両手で数えられるほどになっていた
私も、必死だった
ペットボトルの麦茶を、自販機を見つけるごとに購入し、気付けば6本を消費していた
それだけ飲んだのに小用には1度も行かなかったということは
全て、汗で流れ出てしまった、ということなのだろう
ファインダーをのぞく目に汗が流れ込み、何度もシャッターチャンスを見失った

だけど、そんな大変な撮影が、私は、楽しくて仕方なかった
「祭りは、やってる人間が一番楽しい」と、よく言われるが、全くそのとおりらしく
次々と観客が脱落していく中でも、彼らの輝きは衰えるどころか
最終回の、神社での奉納舞に向けてヒートアップする一方だった
早朝から始まり、摂氏36度に向けて、刻々陽が高くなり暑さが増す中で
私は、とにかく、自分が、幸せなシャッターチャンスにつつまれている、と思った

「Ⅰ」で述べたとおり、この記事は、ほぼ無造作に選出した写真を、何ら作為を加えることなく、時系列で並べてある
ドキュメンターリータッチにしたい、という思いもあったが
一番の理由は、プレゼンテーションの効果ではなく
そうすることによって、私自身が、この日の輝かしい想い出をたどることが出来ると思ったからだ










by kobatetuapril | 2019-02-04 21:40 | 風土 | Comments(0)
2019年 02月 03日

摂氏36度・Ⅱ~上田市別所温泉「岳の幟」~






摂氏36度・Ⅱ







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気温、それ自体が暑い

別所温泉から立ち上る、湯気が熱い

輝ける人々の、想いがアツい


あぁ、夏は、どうしようもなく、素敵だ














by kobatetuapril | 2019-02-03 21:52 | 風土 | Comments(2)
2019年 02月 02日

摂氏36度・Ⅰ~上田市別所温泉岳の幟~





上田市
長野県のほぼ中央に位置する人口約6万7千名の市である
一昔前には、池波正太郎の「真田太平記」で知る人ぞ知る歴史の街となり
近年では、細田守監督の長編アニメ「サマーウォーズ」やNHK大河ドラマ「真田丸」の舞台となり、ささやかなブームがこの地におとずれた

その西の外れに「別所温泉地区」がある

別名を「七久里の湯」という
枕草子能因本の117段「湯は、ななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」が名の紀元となっているらしい

平安時代の信州など、清少納言が筆を執っていた中央からすれば
未開の、ほとんど外国のような地であったろうし
「有馬と玉造」に対して、唐突に信州というのもなんだか眉唾くさいのだが
同時代の末期には木曽義仲が入湯したという言い伝えがあるし
また、確実なところとして、鎌倉時代には北条一門がこの地を支配しているから
さすがにその頃には開湯していたであろう・・・

と思ったら、さらに調べてみると
古事記の昔、ヤマトタケル尊の東征にて発見された・・・
との言い伝えを根拠に、我が国で一番古い温泉だとする説もあるらしい
ここまで来ると、正否検証対象としての歴史、というより「面白そうな伝説」の色合いとなるのだが
以前にも記したが、伝説というのは愚直に鵜呑みしてみると、色々と楽しい発見に、ロマンに至るものだ


導入が冗長となったが、撮影に入る
「岳の幟」
別所温泉に500年間受け継がれる、雨乞い祭り
花笠衣装を纏った女の子達のささら踊りと、三頭獅子舞の華やかな競演の開幕である


~ 摂氏36度 ~



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摂氏36度

この日、別所温泉の最高気温は36度2分に達し、少女らも、獅子舞の若者も、観客も、多くのカメラマンも
汗まみれとなりながら輝かしい夏を謳歌した

冬のまっただ中に「摂氏36度」と題する記事を作成することとなった
前回記事から日数を要したのは、撮影枚数が実に4500枚にも達していたためである
写真の選出に膨大な手間がかかってしまった
実は、タイミングとして的を射た、「作品」らしい写真は他にあるのだが
それらを選び抜くと、よく言えば私らしい美意識の統一性が整った
しかし、悪く言えばワンパターンな写真の集まりとなってしまった
そのため、1回目の選出は、もったいないが全て解散させ、代わりに、ほとんどランダムで約120枚を掻い摘んでみた
作品の集まりとしてではなく、ドキュメンタリータッチな記事にしてみようと思ったためだ
写真の並び順も、何らカテゴライズせず、愚直に時系列に沿うこととした

4部構成でお送りし、最後に、思い出のショットで締めくくるつもりでいる









by kobatetuapril | 2019-02-02 21:06 | 風土 | Comments(0)
2018年 02月 06日

須賀利の思い出 ~三重県尾鷲市須賀利町~









大王町を訪れた後、尾鷲の北、紀北町に宿泊した

同じ紀伊半島でも、伊勢・志摩・鳥羽などに比べると観光資源に乏しい町だが

もう一か所、熊野灘でどうしても巡っておきたい場所があったからだ

3泊4日の駆け足旅行の中、貴重な1泊を、私の我儘に費やしてくれたカミさんには密かに感謝している








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須賀利町
尾鷲の北方・紀北町にあるハイコストパフォーマンス宿・「民宿あづま」から
熊野灘の海岸に沿って南に進むこと30分の場所にある漁村である








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人口は250人ほどで、「町」というよりは「集落」といった印象だ
かつては須賀利村という独立村であったが、昭和中期の市町村合併で、尾鷲市に吸収された
だから、現在の地名は「尾鷲市須賀利町」なのだが
面白いことに、尾鷲市街地からは、一度紀北町に入ってからでないとたどり着けない
つまり、須賀利は尾鷲の「飛び地」といういうことになる
紀伊半島の飛び地は、この須賀利の他に
和歌山県に属しながら三重と奈良の県境に染み出したように位置する「北山村」が有名である
昔は、尾鷲~須賀利間の往来手段は巡航船のみであったため、まさしく「飛び地」であったのだが
道路の開通により容易に往来が可能となった
そして現在
利益が見込めなくなった巡航船が、平成に入り廃止となったことで
須賀利は尾鷲市よりもむしろ紀北町の生活圏に飲み込まれ
飛び地の色合いを、以前とは別の形で濃くしている








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地形は、東側の「須賀利湾」に向かって駆け下るような斜面で、街のいたる所に階段があり
そして、いたる所でつづら折れている








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その迷路のようなつづら折りを歩いていると、こんな風に、魚拓の様な手形をそこかしこに見かける
米寿の祝いを迎えた時に手形を押し、玄関先などに掲示するという、尾鷲独特の風習なのだそうだが
この須賀利では特に顕著に受け継がれているのだという
昔は米寿と言えば大変な長寿であったろうから
この手形のある家は「長老が住む家」として村の衆に崇められたに違いないが
現代では、この手形が無い家を探す方が難しいくらいに有り触れており
街の景観を成す一種の「紋様」にさえなっているという印象である
言い方を変えると、須賀利は著しい高齢化を迎えた漁村、ということになる




この漁村も、大王町に負けぬくらいに海辺の街の憧憬を集めており
カメラマンであれば一日中歩き回っても飽き足らないほどの魅力をたたえているのだが
以上の写真は、実は忘れ物(恥ずかしながら、三脚)を取りに再訪した時に駆け足で撮影したもので
記事タイトルにうたった「思い出」については、以下でお見せしたい

相変わらず冗長な記事となりますが、どうか、最後までお付き合いを頂けたら幸いです








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同じ日の、午前5時30分
須賀利漁港
街路灯の袂に、白煙を上げる、小さな火を見つける







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信州から見れば尾鷲は南国であるが、さすがに朝は冷え込む
暖を取っていると、女性が4人集まってきて
白レンズを装着した仰々しいフルサイズ一眼レフを首から下げた私を怪訝そうな眼差しで見つめ
やや間があった後、ぎこちない挨拶が交わされた








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おはようございます。今は何の魚がとれるんですか?
伊勢海老だよ。10月から始まってるんだけど、今は真冬で海老も動かないから、あまりとれないけどね








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ほら、船が帰って来たでしょう
定置網を仕掛けていたのを、朝早く出て行った船が引き上げてくるんだよ
へぇ~須賀利は伊勢海老漁が盛んなんですね
昔はね。今は、この船も合わせて3隻が漁に出るだけ。船は沢山あるのにね
漁師もどんどん年寄りになっちゃってるから、私らは「期待の新人」みたいなものだよ








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うわ~!デカいですね~!!
なに、こんなのはまだ小ぶりな方だよ








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ほら、兄さん、これ、カゴに入れといてよ(笑)

ファインダー越しに巨大な伊勢海老を手渡される
驚いて、思わずピントを外した
カメラから目を離すと、パッと視界が開ける
何しろ目の前は海なので、暴れて逃げられては大変だ
両手でしっかりと胴体を持った
生きている伊勢海老を手づかみしたのは生まれて初めてだった
大きな体で、おっかなびっくり伊勢海老を運ぶ私を見て、熊野灘の乙女たちが微笑んでいた
伊勢海老は、私の手の中からそんな光景を見て、ギィギィ・・・という奇妙な鳴き声を上げて、長いひげを動かしており
観念したのか、思いのほかおとなしかった

漁の邪魔になってはいけないと思い、最初は70-200のズームで撮影していたのだが
この雰囲気は、他人行儀な遠距離写撃ではなく、24-70で「入っていくべき」だと感じた
また、望遠だと距離をとりすぎて海に落ちそうだった、というのもある








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ねぇ、この兄さん、長野から来たんだってよ~
写真の撮影だって








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なにぃ?撮影か~
「老婆の休日」ってか?(笑)
いえ、皆さん「期待の新人」だっておっしゃってますよ(笑笑)








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間もなく、2隻目も帰ってきた








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海老を網から外す作業と、網を整えたたむ作業とが、同時進行する
一切淀みが無く
あやとりの達人の指先のように
アコーディオン奏者が蛇腹を操作するように
淡々と、海老を開放した網がたたまれてゆく








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ところで、シャッターを切りながら気になって仕方が無かったのが、この光景である








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ジャンボサイズのサザエが湯気を拭いている
海水が沸騰する薫りが実に香しい
生唾がしきりに出てきて、飲み込むのが忙しい
いやがおうにも期待が高まり、『これ、どうするんですか?』とたずねたい気持ちをグッとこらえる







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ハイ、どうぞ

キター!

一生懸命に遠慮する風を装いながら、1匹目にフォークを突き刺す







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わずかな抵抗の後、つるりっ、と、スプリングのように飛び出す身
海の幸をたらふく平らげている内蔵の緑色が、翡翠のように美しい
そして、尋常ではなく、デカい。こんなの見たことない
どうやって食していいのかわからず、カメラを首からぶら下げたまま上を向き
巨大なとぐろ状のそれを口の上に持ってくる
仰ぎ見た須賀利の空に、サザエの湯気が昇ってゆく
塩水が数滴、口の中に垂れた
ほんのりとした油気に、海水のえぐみがブレンドされている
滴る液だけでこんなに美味いのだから、身は一体全体どれほどであろうか

意を決して口中にとぐろを送り込む
窒息してしまうんじゃないかと思うほどデカい
内蔵が含む海藻の薫りが、喉を逆流して鼻腔に流れ込み、貯留する
噛みしめる
噛圧を押し返してくるような、得も言われぬ歯ごたえ
こんな感動は、何年か前に行った香川県で、製麺所の讃岐うどんを食して以来である
染み出る肉汁が、内臓の薫りと混じり合う
人類の英知をいかに結集しようとも決して及ばないような、神の配合である

そんなサザエを、なんと5個も頂いてしまった








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モグモグ・・・
美味い・・・こんな美味いサザエ、食ったことない・・・美味くて泣きそうになったのは初めて
そうでしょう~?やっぱり山のものより海のものの方が美味いよね?
反論の余地など、あろうはずがない









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兄さん、ホントいい時に来たね~








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幸せをかみしめていた、まさにその矢先のことである








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・・・・・!!?








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焼けたら声かけてやるから、待っててね

注)なお、これで一人前の模様

おぉ・・・なんたる絶景・・・熊野灘、バンザイ!

写欲が食欲に完全敗北した瞬間である

あと、お宿で私の帰りを待っているカミさんと子供のことが、ちょっと頭をよぎったりもした








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ウニは、漁師さんから名前をお聞きするのを忘れたが
後で調べてみたところ、おそらく
シラヒゲウニ(もしくはその近縁種)
だと思われる








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殻を割ってみると、卵は一般的なイメージと比べて、やや白味がかっている
味も薄いのか、と思いながら、フォークで卵をほじくり出して食してみると
淡泊な色合いからは想像できないほど濃厚で、そして、何よりクリーミーである

ウニと言えば、その保存の難しさから、流通の過程で「ミョウバン」が添加される事が多い
私が住んでいる海無し県・長野では、おそらくほとんどが添加後のものであろう
だから、信州人はミョウバンのほんのりとした「えぐみ」をウニの味として認識しているはずである
しかし、仮に海辺の土地で、産地直送をうたうミョウバン無添加のものを食すとしても
当然腐食はしないだろうが、粒の質感の劣化等、何らかの変性は免れない
つまり、物理的に、私がこの時食したもの以上に新鮮なウニというのは、ほとんどあり得ないのである

よく、薪やガス釜で炊いた米を「粒が立っている」と表現するが
このウニの食感がまさにそれで、ツブツブザラザラとした舌触りを思う存分楽しみ
しかし若干の名残り惜しさを感じながら、上顎と舌で挟み、粒をつぶすのであるが
ミニマムサイズの温泉卵を何百・何千個も同時に口に含んだかのように
トロトロフワリ、と、油と磯の香りが漏れ出すのであった
「舌」という器官には、薫りを知覚する機能もあることを実感したような気さえした


このままでは「拙者の写真修行小屋」はフォトブログではなく食レポブログになってしまう








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8時半にはお宿に帰らなければならない
時間が迫っていた







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ねぇ兄さん、撮った写真はどうするの?コンテストに出すの?
いえ、コンテストには出しませんけど、ブログっていう、インターネットの日記みたいのに載せたいと思ってます
えぇ~!じゃぁ私らこんな小さな漁港から一気に全国区デビューだね!
でも、私のブログを見てくれた人が、伊勢海老やウニが食べれると思ってここに来るかもしれませんね(笑)
そりゃ困るな~
今度おじゃまするときは長野のお土産、持ってきますね
いいよいいよ、こんなところで良かったら、いつでもまたおいでね。この街が好きだなんて言ってもらえると嬉しいから







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拝啓、須賀利漁港の皆様

美しい須賀利湾が見える家で、私の思い出をご覧になっていてくれていますか

私は、まだまだ拙いカメラマンだけど、「人」を撮るのが好きです

なかでも、「笑顔」を撮るのが好きです

ファインダーの四角い視界に、パッと笑顔の花が咲く瞬間が、とてもとても好きなのです

その花を見て、もらい笑いをして、ちょっと恥ずかしくなる時の自分が好きなのです

人見知りで、どうしようもなく口下手な私に、こんなにあたたかく接してくれて、ありがとうございました

カメラマンとして、生涯忘れられない思い出になりました



さようなら、熊野灘

またこの海に逢いに行きたい









須賀利の思い出


~ 完 ~




















































































































by kobatetuapril | 2018-02-06 22:20 | 風土 | Comments(3)
2018年 01月 10日

未来へ ~松本市徳運寺の「巨大三九郎」~










年明け前に戻るが、平成29年12月12日、地元新聞「市民タイムス」の一面を、カラー写真付きの記事が飾った

「徳運寺の巨大三九郎に幕」

「三九郎」。左義長・どんと・どんど、など、地域によって様々な呼称がある、正月の風物詩であり

長野県松本市や、その隣の安曇野市でのみ「三九郎」が通称として定着しているという

ちなみに、私の故郷の長野市では「どんど焼き」が一般的だ

「徳運寺」は松本市の東方・美ヶ原高原への入り口となる「入山辺」地区に佇む曹洞宗の寺で

毎年、厄除け縁日に併せて三九郎が行われる

市民タイムスの記事がうたうとおり、徳運寺の三九郎は高さ10メートル以上

おそらく、松本・安曇野地方では最大規模のもので

多くの三九郎が地域ごとにまちまちの日付で行われ、いつの間にか終わっていくのに対し

徳運寺のものは厄除け縁日に「火祭り」と併記して宣伝され

20年以上にわたって行われ、「知る人ぞ知る」程度以上の知名度を得て今日に至っていた

それが、平成30年の正月をもって幕を下ろす、というのだ








~平成30年1月7日・徳運寺厄除け縁日~





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地元のご婦人たちによって振舞われる豚汁
勝手知ったるように集まる参拝者
これも徳運寺の正月の風物詩だ








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午後8時
三九郎を立てた入山辺の有志「二十日会」が松明をもって取り囲み、いよいよ点火となる








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骨組みに藁とヒノキの葉を被せただけの、極めてシンプルな造りは
同じ「三九郎」を冠するものでも類を見ない異形で
巨大なお灸の様にも見える








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三九郎は12月10日に立てられたのだが
今年の冬は雨や雪が少なく乾燥していたためなのか
ヒノキの葉の油に火気が浸透する
シュー!
という音をたて、凄まじい勢いで火が回る








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点火後1分を待たずして、巨大三九郎は火焔の塊となった










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わあ!熱い!

すごい大きな炎だね!顔が焼けそう!









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人だかりの輪がしばし炎から遠ざかる
まるで、入山辺の棚田に地球の核へと通じる穴が開き、マグマが噴出しているかのようだ

見たか。これが徳運寺の三九郎だ!

ファインダーを覗きながら、何故か、得意気になってしまう








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火勢が弱まったタイミングで、柳などの枝に串刺した米粉の団子「繭玉」を放り込む








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枝の端一杯を持って繭玉を差し伸べるが、いかんせんリーチが足りず、顔を焼くような熱風に悲鳴が上がり
たまりかねて、焼けているのかいないのか定かではないような米粉の塊を頬張る姿があった








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『今年も立派な三九郎が完成した

巨大三九郎は男のロマンとして作ってきただけに感慨深い

最後は今までの想いを込めて盛大に燃やしてやりたい』


20年以上にわたって徳運寺の巨大三九郎を立て続けてきた地元有志「二十日会」の、市民タイムスへのコメントである

会員が20余年の歳月の間に高齢化し

高所作業をするには体力的に厳しくなってきたのが

「幕」

への契機であったという










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しびれるコメントだった

記者に対し、堂々と「男のロマン」と言い放つ矜持に、胸を打たれた

もっと正直に言うなら、いくらか、涙が出た

「どこよりも大きな三九郎をつくる」

はじまりは、時の住職と彼らとの思い付きであったらしい

それがいつしか、肉体が堪えられなくなるまで追い求める、少年の夢の様な決意に変わっていった

男のロマン

初めて聞く様な、それでいて、懐かしさをこみ上げる様な言葉だと思い

そして、それを懐かしく思う自分を

悔しく思った


だが、残酷な見方をすれば、二十日会の情熱が若者に受け継がれなかったのは

彼らが見たロマンが、次世代の価値観に共有されなかったから、なのだ








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昔から、どんど焼きが好きだった

私の故郷では、どんど焼きの縁起物集めは子供の仕事だったのだが

正月休み、当日ともなれば、祖父の家からリヤカーを借り

義務で集まった同級生と共にダルマや松飾や書初めを集めてまわった

仮にこれが大人の仕事だったとしても、当時の私は、せがんででも参加したに違いない

餅を焼くことなど、どうでも良かった。餅など全く美味いとも思わなかった

ただひたすら、自分が集めた縁起物達が盛大に燃え上がり、天を焦がすのを見たかったのだ

ついでに、その炎で餅を焼く村の親子連れたちを見るのが、誇らしかった

けれども、いくら昔とは言え、そんな私は風変わり過ぎる少年であったと思うし

今こうして思い出しを試みても、恥ずかしさが全力で妨げようとしてくる

無意味なひたむきさであったのだ、忘れろ、と、心に、時代という名の蓋が閉まる









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私たちは、いつから「男のロマン」を遠い遠い絵空事のように想い

さらには、ある種怖れをなすかのように憧れまいとして、鼻で笑うようにさえなってしまったのだろう








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私たちの子供らが大きくなるころには、どれだけのロマンが

弱々しくも、しかし、燦然と輝き残っていてくれていることだろう








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私たちは、夢と希望がはばたく世界への可能性のために

何をして、残してゆくことが出来るのだろう








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未来へ







~ 完 ~


















第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2018-01-10 12:40 | 風土 | Comments(7)
2017年 12月 31日

鎌倉の息吹~長野市信更「長勝寺」仁王~





長勝寺

という寺がある

善光寺で仁王を撮影して以来、白鳥に勝るとも劣らないほどに「仏像写欲」が高まってしまい

撮影可能な仏像は無いものか、と、仏像関連書籍を読み漁った結果たどり着いた寺である

松本市と長野市を結ぶ国道19号から、県歌「信濃の国」に歌われる、犀川(信濃川の支流)の橋梁「久米路橋」を渡った先の

信更町三水

という地区に建っている

私は生家が長野市で、住居が松本市なので、国道19号を通って帰省する都度、間近を通りかかっているはずなのだが

今回仏像について調べるまで、「長勝寺」はおろか「信更」なる地名があることさえ知らなかった

そもそも、住人でもない限り、訪れる理由を見つけることが難しいような、山間の集落なのだ

長勝寺は、そんな、昔話のイメージをそのままスケッチしたような信更に、忽然と、だが、音も無く佇んでいる








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長勝寺には「仁王寺」という通称がある

うりの仁王は鎌倉時代後期の作と言われている

かの東大寺南大門、大仏師運慶・快慶の仁王が1203年・鎌倉初期の造であるから

それからさほど時を経ずして生まれたということになる

桜の樹に換算すれば、十二分に「銘木」を育てるだけの年月を生きている








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齢に鑑みて、長勝寺の仁王は長野県宝に指定されているが、住まいである門は、歴史に比してやや粗末の感がある

そして、門の奥に本堂は無い。向こうには、犀川を隔てて里山と、さらにその向こうに北アルプスが連なるのみである


言い伝えによれば、対岸の里山に建つ「廣福寺」が飢饉続きの困窮でこの仁王を売却し、車で移動していたところ

仁王の天罰であったのか、牛が倒れ進退窮まった際に、長勝寺の住職が引き取ったのだそうな

だから、長勝寺の仁王門は、今も廣福寺の仏を守るため、長勝寺の本堂ではなく対岸に通じているのだという

地図で確認すると、なるほど、仁王門はまっすぐ廣福寺に向かっており

ほぼ真横に当たる、そっぽを向くような位置に、長勝寺の本堂が建っている

伝説とか言い伝えというのは、眉唾であることは百も承知の上で信じようとしてみると、面白い空想の発見に至ることがある








撮影 全てRICOH GR ノートリ

RAW撮りLr現像



~ 阿形 ~




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阿形・吽形ともに、背丈は195cmほど

頭部から胴体までは1本の檜の大木により彫られている

その他は仁王像の御多分どおり寄木により造られている

風化が進み、顕わになった継ぎ目に、もの凄まじさをおぼえる







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以前の記事で、善光寺の仁王は信州が誇る近代彫刻の傑作中の傑作と記した

それは今でも間違いないと思う

しかし、方や、県宝とはいえほぼ地元住民にしか存在を知られていないこの仁王の存在感はどうだ

技術やスケールでは善光寺の仁王にはるかに及ばないのに

その気配たるや、シンとした里山に響き渡り、幾山をも越えてゆくような殺気を帯びていた

魅了され、様々な角度から撮影しつつも、いかなるアングルであれ浴びせられる視線に、粟を生じるようであった









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東大寺南大門や善光寺の雄大な仁王門をくぐるとき、そのスケールや美しさにひたすら感動する

一方、この粗末な門を北アルプスに向かって通り抜けようとするときは

ひたすらに、戦慄がはしる

「やられる」という予感が背筋を滑り通る






~ 吽形 ~








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猛々しい殺気を放っていた阿形に対し、吽形の眼差しは深淵を見つめるように静かである

その静けさが、いかにも人間離れしており、かえって、底知れず怖ろしい








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阿形の右腕がやや淡泊であるのに対し、吽形の左腕は血管が浮き出、筋肉が張り詰め躍動する表情が素晴らしい

本当に、同じ仏師の手によるものなのか、という疑問が生じるほど、この左腕の存在感は際立っている

陳腐な言い方をすれば「今にも動き出しそう」である

長勝寺の仁王が誕生した鎌倉時代は、写実芸術の萌芽期でもあるが

この左腕は、同時代に生まれ今は国宝に指定されている南大門や興福寺の名高き仁王と比べても

全く見劣りしないばかりか、その存在感においては群を抜いている

名門寺院の国宝達が技術と写実主義の煌びやかな結晶であるとすれば、長勝寺の仁王は思念の粋であるように感じる

鎌倉後期という、国史中有数の激動の時代の息吹が、体を吹き抜けてゆくようだ



そういえば、善光寺の仁王も手足の血管の描写が精緻で

そのため、仏師の米原雲海は医学知識を持ち合わせていたと推測されているらしいのだが

もしかしたら米原はこの長勝寺の仁王を見ていたのではないだろうか

世の中に血管の浮き出た仁王は、数多とあるので、その可能性は低いだろうが

近代彫刻の粋たる善光寺の仁王が、今は名もなき仏師による、旅人も通らぬ山里に佇む仁王の影響を受けていたとしたら

大変なロマンである

いや、そもそも、この仁王の作者は「名もなき」と言って差し支えない者であったのか

やはり、とてもそうは思えない

何故、名が伝わっていないのか

何故、鎌倉時代といえば、まともな文化があったのかもあやしいこの地に立っているのか








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それでは皆様、良いお年を


※頂いてあるコメントへの返答・お礼は年明けにさせて頂きます

ありがとうございました


























































































第2回プラチナブロガーコンテスト




by kobatetuapril | 2017-12-31 13:35 | 風土 | Comments(4)
2017年 10月 31日

拝啓・アルペン浅間荘様 Final episode~浅間温泉たいまつ祭り~




~Final episode~





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最後の戦い

たいまつを、燃えたぎる穴に放り込む

これをもって、たいまつの奉納となる







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顔を焼くような熱風に逆らう




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あそこだ!

ここまで連を導いたリーダーの檄が飛ぶ





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炎が大きく揺れ、火柱が上がる

刹那、あたりを一層明るく照らした





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兄さん、今年もウチなの?

えぇ、アルペンさんの笑顔が、私は一番好きだから。今年も撮っていいですか?

聞いた!?ウチら、一番だって!

(笑)

こんなに沢山人がいるのに、よくオレらのこと見つけたね

街を歩いてたら、たいまつと、アルペンさんの法被を着た人を乗せた軽トラが見えたから、追いかけたんです





もう、「兄さんと」は言えない歳になった私が、軽トラに乗り遠ざかる半被を追いかけ、走った

色とりどりの連が押し合いへし合いしている活気の渦は、まるで目が眩むようで

この海に溺れまいと、人いきれと藁のにおいが混じった空気を大きく吸い込んだ

一瞬、人だかりが途切れた

夜の温泉街、その一角に、あの青い半被が、秋空のように広がっていた

背中の、北アルプスを形どった紋が連なり、まさに山脈のようであった

1年ぶりの面々

リーダーは、今年もあの人

子供ができたらしい、やはり見覚えのある女性から女の子を受け取り、抱き上げ、唇を寄せている

でも、こんな時に、肝心な時に、私は、持ち前の人見知りをいかんなく発揮してオロオロするばかり

その時

あれ?兄さん、去年もいたじゃんね?

-笑顔を追いかける、輝かしい2時間の始まりだった-





アルペン浅間荘の皆さん、ありがとうございました

カメラを構える私に、最高のもらい笑いをくれて

比類ないカメラマン冥利をくれて

私を、一夜だけ、世界一幸せなカメラマンにしてくれて

どうか、来年も、私のことを呼んでください

『専属カメラマンの兄さん』って


by kobatetuapril | 2017-10-31 22:56 | 風土 | Comments(0)
2017年 10月 30日

拝啓・アルペン浅間荘様 Ⅷ ~浅間温泉たいまつ祭り~




浅間温泉・たいまつ祭りの連載も、残るところ2回となりました






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元気一杯のアルペン浅間荘の皆さんの中でも、一層際立っていた二人のテンション

カメラマンとして沢山の笑顔と、そして勇気をもらいました





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屋台の立ち並ぶ参道に入る






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クライマックスを告げる打ち上げ花火

オートISOの切り替えシャッタースピードを1/30Secに設定してあったので、意外とうまい具合に写った

ISO4500、F2.8、シャッター1/40sec、露出補正+0.3、フルプレイススナップ





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参道を駆け上がる






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素晴らしい躍動

後で見返した時、ふと涙がこみ上げた

私は、先日の投稿で、大学時代を「最後の青春」と言ったが

青春とは、もしかしたら、輝ける人のもとには何度もおとずれるものなのかもしれない

手前みそになってしまうが、人とは何と美しいのだろうと思った1枚だ







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人一倍おちゃらけ

人一倍頑張る







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いい男のもとには、いい絵顔が集まる






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そして、クライマックスへ






by kobatetuapril | 2017-10-30 18:45 | 風土 | Comments(0)