拙者の写真修行小屋

kobatetu.exblog.jp
ブログトップ
2018年 07月 09日

塩の道にて2018~親海湿原のミツガシワ~









d0349418_22363220.jpg
「塩の道」という旧道がある
文字どおり、塩をはじめとした海産物を運搬した街道であり
信州は、その土地柄、古事記の昔から日本海に、太平洋に、と通じる運路が拓かれ
江戸時代にその完成をみるに至った

その塩の道の中の一道・「千国街道」は
信州の中央・松本市と日本海(新潟県糸魚川市)間、総延長120キロメートルを結んでおり
歴史的価値の確実性から塩の道の代名詞となっている
上杉謙信が甲斐・信濃の国(武田信玄)に日本海の塩を送った
「敵に塩を送る」
の故事も、この千国街道を由来としているという
そして、同道は、現在その原型をほぼとどめる形で国道147号あるいはJR大糸線と名を変え
高速道路が開通していない松本~糸魚川間の主要交通路として第一線の機能を、今日も果たしている





d0349418_23120832.jpg


「親海湿原」は、その千国街道のほぼ中央・北安曇郡白馬村に位置する小さな湿原である
今でこそ、姫川源流のほとりの清らかな湿原として、知る人ぞ知るくらいの知名度を得ているが
明治から世界大戦頃にかけては観光資源としての価値は皆無な、水田や泥炭の採集場であったのだという
なるほど、湿原の脇には確かに今なお耕作中の畑があり、カメラマンにとって構図確保の鬼門となっている
まぁしかし、そもそも泥炭が採れること自体が湿原であることの証のようなものだから
戦禍をくぐり抜けてから元の姿を「取り戻した」ということなのかもしれない








d0349418_23273171.jpg


ヒトの束縛を離れるや、親海湿原はおそるべき速度をもって原始の姿に還り立った
原始の姿
そう、今回の主役・ミツガシワは、氷河期の生き残りといわれている
太古のDNAを今なお咲き誇らせる奇跡の花だ








d0349418_22001845.jpg


ミツガシワの花期、親海湿原は白一色に覆われる
塩の道・千国街道のど真ん中に、塩の如く白い海が出現する
たまたま、この湿原の名に「海」の字が付くことに、妙に運命的なものを感じる
大昔、千国街道を塩を運んで歩んだ人々も、この白い海を見ていたのだろうか








d0349418_22082150.jpg


ところで、ミツガシワの花期から、私の
「超絶早起き週末生活」
が始まる
湿原の写真は、夜霧が発生する日の出前が勝負時であると思っていることと
ミツガシワの開花を皮切りに、あらゆる花々が湿原を息をつく間もなく彩るようになるからである









d0349418_22080890.jpg


ただ、今シーズンは花勢こそ申し分なかったが、肝心の「霧」が全く発生しなかった
早朝の放射冷却が起こらなかったことが要因である
霧というものは、経験上、2日以上晴天が続いた場合の2日目以降に発生することが多い
(雨天の翌日にいくら晴れてもダメ、ということである)
のだが、運悪く、この頃は「雨のち晴れ」のパターンが多かった








d0349418_22220977.jpg

そうなると、湿原独特の、しっとりとした空気がどうしてもカメラに写り込まない
後処理でいくら色味を調整しても、どこか「パサッとした」画面になってしまう
雨上がりだから、しっとりとした画面になる、という単純な話ではないようだ








d0349418_22262704.jpg








d0349418_22263755.jpg








d0349418_22264096.jpg








d0349418_22271341.jpg








d0349418_22272237.jpg

何をどう撮っても釈然とせぬまま、日の出の時が迫ってゆく








d0349418_22280867.jpg








d0349418_22281750.jpg








d0349418_22282769.jpg

来年は、霧の中に浮かぶ「塩の海」に出会えたらいいと思う




塩の道にて2018


~ 完 ~




































# by kobatetuapril | 2018-07-09 20:32 | 風景・スナップ | Comments(2)